関東のうちわ製造の聖地「房州うちわ」

房州うちわはご存じでしょうか。最近になって伝統的工芸品に指定されたので知った方も多いかと思います。江戸時代に江戸の産業を支えていたうちわが、どんなきっかけで館山市へ移ったのか、多数の工程によりこのうちわが作られているのかなどをご説明したいと思います。

関東大震災を契機に生産拠点が移転

中国から京都へ伝わったうちわ作りですが、関東に伝わったのは江戸時代でした。房州うちわの生産が行われていたのは安房の国で、房州とも呼ばれていました。房州は現在の南房総市と館山市と同じくらいの大きさになります。その中でも那古、船形、富浦(いずれも館山市)という町が中心となっています。

房州うちわの特徴は持ち手の部分である「柄」が丸くなっていること、広がっていく竹の根元部分である「窓」が半円の格子模様になっていることがあげられます。日本に入ってきたころのうちわは木製でしたが、手軽に安くできるからと素材が竹に変わってきました。

もともとは江戸でうちわが生産されていましたが、材料の竹は房州から取り寄せていて、関東大震災をきっかけにして生産拠点が房州へ移っていきました。房州は元々うちわの材料である女竹の産地として江戸へ出荷されてたため房州房州にうちわの生産拠点を移すことは都合がよかったのですね。

手内職から全国有数の産業へ

生産として都合が良かったのは材料の竹が豊富にあっただけでなく、生産をする人が沢山いたということもあります。房州は漁業が盛んで男たちが海へ漁に出た後で奥様方は家でうちわ生産の手内職をしていました。このようなことが重なって全国三大うちわの一つとして君臨するまでになりました。最盛期にはなんと年間800万本ものうちわを製造していたということは驚きです。

平成15年には経済産業大臣指定の伝統的工芸品に指定されました。これは千葉県では初の指定で全国200品目以上ある伝統工芸品のひとつとなったことは、千葉県に事業所を置く弊社としてもうれしいことです。今では贈答品として、装飾品として使われることが多くなりました。

房州うちわ

複雑な工程から生み出される美しいうちわ

房州うちわを作るには竹が必要になりますが、南房総市周辺には質のよい女竹という竹が豊富にありました。一定の細さの1本の竹から団扇に仕上げることが出来るのは2本から3本程度になります。ここから数多くの工程をすべて手作業で仕上げていきます。

工程数は21もあり、まず竹の選別から始まり、10月から1月の寒い時期にうちわの材料として最適竹を伐採していきます。一定の太さの竹を選んでその皮を向き水で洗って磨いていきます。その後は竹を編んで、骨の曲がりを火で炙って直していきます。そして紙や布を貼って断裁してさらに形を整えて仕上げとなります。熟練をもって作業しても、一人の職人がうちわを完成できる本数は1日あたり5本程度というから根気のいる作業です。

このように沢山の工程によって丁寧に作られている「房州うちわ」。日本のモノづくりの良さを感じさせる逸品です。